好きなものは好き ただそれだけ

主にジャニーズWESTだけどジャニーズ全般大好き。

引き続き『溺れるナイフ』


以下映画も原作もネタバレしまくりますので、まだ知りたくないという方、どうか戻ってくださいね!
あと映画に関して批判的な内容なので、不快に思う方もいるかと思いますがすみません。この映画のこと悪く言ってるレビューは読みたくないという方も、この先は読まずにお戻りください。お願いします。




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原作の漫画を今週末にツタヤに返さないといけないので、もう一度1〜17巻まで通して読みました。

もう一回、あれってどういう事だったんだろう?とかいろいろ考えながら原作をじっくり読んだら、どうして映画、ああなっちゃった?!?!となんだか納得できないことが出てきたので書きます。

私がすっごい引っかかってるのは主に2つ。(細かいことを言えばもっともっとあるけど)


1)どうしてバイクニケツのシーンがエンディングにきている?!

映画のエンディングは、ナツメが芸能活動に戻るために浮雲町を離れ東京に引っ越す時に、航一朗とバイク二人乗りをして、二人で「うみー!」「ち○こー!」とか叫んでるというシーンになってます。
(正確には、これまでにナツメの身に起こった出来事を脚本化して映画にした劇中劇の一部として描かれる。でも、途中から劇中劇の俳優さんがうそくさいニセ菅田将暉俳優から本物の菅田将暉に入れかわっているので、実際の出来事にフラッシュバックしたかのように見える。説明下手ですみません。)

これ↓(4巻16話)から取ってると思うんですが。

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このシーンって原作だと、ナツメがレイプ(未遂)され、ナツメは航一朗が助けてくれなかったこと、航一朗はナツメを助けられなかった事がお互いに引っかかっていながらも、最初は二人ともなんでもないふうを装って、わざとそれまでと変わらないふうに無邪気に明るく行動しようとしてる時の場面なんですよね。
そしてその直後に、思わずナツメが航一朗を拒絶する反応をしてしまい二人の間に亀裂が入るという。
そんな微妙な状況のシーンがなんであんな爽やかな感じに姿を変えてエンディングのシーンで使われてんのかなと。

それに原作は少なくとも、レイプ犯は自殺して事件解決しました~そんでナツメが芸能界に戻ることを航一朗が応援して爽やかに送り出してくれて、めでたしめでたし~みたいな話じゃないでしょ?あの映画のエンディング、原作読まずに見たら、そういう感じにとれてしまったんだけど。私の理解力・想像力が足りないんだろうか。
原作でも二人は結果的には関係を取り戻すけど、レイプ事件前みたいな子ども時代の無邪気な関係には戻ってはいないわけで。


最後にバイク二人乗りで変なこと叫んで嫌なこと全て忘れちゃうぞーっていうのはあの原作から考えるとめちゃくちゃ変だと思うし、それともあのシーンはナツメちゃんの願望や昔を回顧する気持ちから出た幻想?*1そうだとしてもあのシーンが入るのはなんか違うような…。うんやはり原作のあのシーンをあそこに埋め込むのは変だと思う。

映像にしたら綺麗だからっていう理由であのシーン最後に持ってきたんですかねやっぱ…?なんかやだなーー。


2)コウちゃんがやり捨て男みたいになってしまっているけど?!?!

映画だとナツメと航一朗はレイプ未遂事件のあと別れて、ある時偶然再会して、すぐに体の関係を持ってしまう。だけど航一朗はことが終わってすぐ背中を向けて「もう会わないから」みたいなことを言うのですよ。

私映画のこのシーンで、コウちゃん勝手だなー、冷たいなーーこれじゃナツメちゃん、やり捨てされてるだけじゃん…。てかなんでナツメはこの男にそんなに執着するのかな?って思ったんです。

だけど原作だとナツメと航一朗が初めて結ばれるに至るまでにはストーリーがあって、航一朗は何度もナツメを無理矢理犯しそうな感じを装っておきながらも*2、結局途中までしかやらないでナツメの上にかぶさって「疲れた」とか言いながら寝てしまう。
何度かそういうことがあった後にナツメが「どうせできないくせに」とかふっかけたところから、お互いに心の中にわだかまっていることをがーって吐き出して、お互いにやっぱり自分にはこの人なんだ、みたいな感じになって、それから…というなかなかグッとくるシーンでした。
原作では一度関係を持ってから二人は何度も寝てるしね?原作のコウちゃん、やり捨てどころかしばらくはすっごいやりたがってサルと化してるんですけど…。


ナツメが「私は東京に引っ越すから。コウちゃんも一緒に来てよ」って言いに行った時に、航一朗が泊まってたホテルで抱かれるシーンとかロマンチックで良いところなのに、なぜ映画入れない~。
その後ベッドの上で「お前を制覇するのを暴力の代わりにすればいいのかもしれないけど、そんなのかっこ悪いから、自分は自分で考える。」ってナツメの頼みを断ったところとかも、すごい好きだった(少女漫画脳なもんで)。


私は映画では大友いいじゃんって思ったけど、原作ではコウちゃん派なんですよ。原作のレビュー読むと大友派とコウちゃん派両方いるようだけど、私1ミリの迷いもなくコウちゃんだわ。ほれるっしょ、あんなん。原作の航一朗の魅力が映画に出てなかったのがほんと残念だよーー。

って前回の投稿でも似たようなこと書きましたね。

2回連続で同じネタなんて、「溺れるナイフ」沼深いわー。まじで溺れました。原作の方に。

明日返却したらジョージ朝倉の別の漫画借りてこよ!

余談ですが、ジョージ朝倉の原作マンガでのベッドシーンが、見事なまでに裸は描いてなくて、重なってる手とか脚とか、シーツに一緒にくるまってるところとか、象徴的なかたちを描いて行為を行ってると読み手に理解させるとか、とにかくプロフェッショナルな「少女」漫画家なところに感動しました。




*1:なのではないかとレビューで書いていた人がいた。

*2:どうしてこういう乱暴な行動に出たのかは私は読んでて理解できなかった。こうかな?って考えてるのはあるけど。