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好きなものは好き ただそれだけ

主にジャニーズWESTだけどジャニーズ全般大好き。

昔、大倉くん似の男の子に2回失恋した話

タイトルに大倉くんとありますが、これから書く話に大倉くんはほとんど関係ありません。一般人の昔の恋話など興味ない人がほとんどだと思うので、なんだつまんないと思った方はどうかお戻りください。その子のことをふと思ったキッカケがあるのだけど、そこに触れているとただでさえ長い話が話がさらに長くなるので、やめておきます。

 


いまでこそアラフォー子持ち主婦になっている私だが、皆と同じように昔は若い時もあった。10代後半から20代はじめまで私にはずっと好きだった男の子がいて、今日久しぶりにそのことを思い出したので書いてみたい。

 


その子はU君といい、私が通っていた中高の隣の区にある私立男子校に通っていた。名前は出さないが、首都圏の中学受験でトップの男子御三家*1の滑り止め校として受験する人が多い、わりと名の通った学校だった。

 

私は三十路過ぎてからジャニーズにはまったのだが、私がジャニーズで一番好きなビジュアルだとここ5年ぐらい言い続けている大倉くんに、その子はちょっと似ていた。目の感じとか体型とかがなかなか大倉くんな感じのイケメンだった。

 

私は中学から中高一貫の女子校に通っていて、きょうだいも姉しかいないので中学3年間は本当に全く年の近い男の子と話をする機会というのがなかった。誇張じゃなく、中学の3年間に喋った男性って、父と祖父と親戚のおじさんと、学校にいたおじさんな先生と駅員さんとバスの運転手さんぐらいだった。

 

そんなわけで同年代の男の子と喋るのはすっかり苦手になっていたのだが、高校生になると学校の友達の中には非常にアクティブな子も出てきて、その子がどっかからそのU君の学校の子たち主催の飲み会の話を仕入れてきて、私も行くことになった。

 

私が高1の冬だった。当時は年齢確認も適当で、高校生の団体にも平気でお酒を出す居酒屋さんというのが結構あった。当時の「飲み会」と言えば大勢で(その時は20人ぐらいいたと思う)ごちゃごちゃ食べてお酒を飲んでごちゃごちゃした中でカラオケとかやって酔っ払うというカオスそのものの会だった。そしてそのUくんの学校の飲み会が私の「飲み会デビュー」だった。

 

私はたまたまU君の横に座っていて、うわかっこいいな〜この人、と思って、なんて話しかけたかは覚えてないけど、勇気を出して何かを話しかけたんだと思う。
そうしたら、U君は人差し指と中指に挟んで口にくわえていた赤マルボロを口からパッと離し*2、煙が私の方にかからないようにちょっと横を向いてふっと吐き出し、それからこっちを見てちょっとだけほほ笑みながら「ん?なに?」と言ったのである。

 

⇧の動作を関ジャニの大倉君にされることを想像してみてほしい。いや、大倉君じゃなくてもいい。「ジャニーズ系のイケメン」で十分だ。
ジャニーズにおちるのと一緒で、その瞬間に私は「おちた」のである。

そのあとU君と何を話したかは全く覚えていない。でもとにかく、めちゃくちゃかっこいい!と思ってその日は家路についた。

 

週が明けて学校に行って、その飲み会話を持ってきた「アクティブな友人」に、私の横にいた人Uくんって人だと思うんだけど、めちゃくちゃかっこいいんだけど、と言ったらそのアクティブちゃんが早速情報を仕入れてきてくれた。
「U君は本当は3年生なんだけど、2年になるとき1年間アメリカに留学したから1年ダブることになって、いま2年らしい。年上だけど2年の人たちとも上手くやってるし慕われてるらしい。Kが気に入ってると言ったら電話してもいいよって言ってくれたらしくて番号教えてくれたよ」と言って電話番号をくれた。
そこまでやってくれるなんてものすごくよくできた友人だ。*3

 

さて私がありったけの勇気を振り絞って電話をすると、U君は非常に優しくて「おーあの時の!酔っ払ってる子多かったけど大丈夫だった?」ととっても紳士であった。当然のことながら私は余計U君が好きになるのだが、その電話で同時にU君にはU君と同い年でやはり都内の女子高に通っていて、春にその系列の女子短大に行くことになっている彼女がいることを知ることになる。
いやいきなり付き合ってもらおうなんて思ってないしー、こんなかっこいいのに彼女いない方がおかしいしー、とその時はそこまで傷つかなかった。それにUくんは本当に優しくて、なんかあったらまた電話しておいでーと社交辞令じゃなく言ってくれているようであった。

 

 

その次に会うまでに確か何回か電話で喋ったのかな?覚えてないけど、その次にUくんに会ったのは、私が高2、Uくんが高3(年齢的には本来なら大1)の春で、U君の学校の学園祭の時であった。

 

U君たちはクラスで女装カフェというのをやっていた。ここも大倉君の女装を想像してみてほしい。Uくんも結構可愛かったが、ジャニーズとは違い所詮シロウトなのでよく考えるとちょっと気持ち悪くもあったような気がする。でも私はU君を見るだけで目がハートになっていたので、気持ち悪いとか悪くないとかどうでもよかった。


優しいU君は、私を見つけるなり「お、K!*4元気だった?」と声をかけてくれた。それだけでまるで特別なファンサをもらったかのように気分があがった私であったが、次の瞬間、奈落の底に落とされることになる。


U君の横には短大生になったばかりの彼女さんがいた。当時の2歳差というのは大きい。ましてこちら高校生、あちら女子大生。キレイなパーマをかけ、工藤静香みたいな顔の彼女さんだった。
さらにショッキングなことに、大倉くんぐらいの身長のUくんは、私よりもだいぶ小柄で多分150センチ台前半の彼女さんの頭に手をやり、嬉しそうに「俺の彼女の〇〇。はいよろしく〜」と頭を下げさせたのである。

 

こちらも、好きなジャニーズのコンサートに行った時に、自分の担当が彼女をステージにあげて「俺の彼女の〇〇」と紹介しているところを想像してほしい。さらに頭に手を置いて嬉しそうに「はいよろしく〜」って頭を下げさせているところを想像してみてほしい。

 

今でもその光景を思い出すことができる。
はっきり言って地獄である。

 

その時も、その後なにをしたのか全く覚えていない。その週末には食べ物が喉を通らず、週明けの月曜日学校に行って「アクティブちゃん」の顔を見たら泣けてしまい、その日は半分ぐらい気分が悪いと言って保健室で過ごしたことを覚えている。

 

これが私の一回目のUくんに失恋した体験だった。でもUくんは決して私のことを嫌いなわけではなく、むしろ好意的には見てくれていたようなので、そのあともたまに電話したり、断続的にではあるが交流は続いていた。

 

☆☆☆

 

Uくんは高3の時、一回目の大学受験で失敗し、次の年は浪人生をやることになった。(つまり私とは2歳差であるが大学入学の時点で私と同学年になることになった。)

 

私はその間に高3の時予備校で知り合った初めての彼氏ができたり、私は私でそれなりの経験を積んでいた。

 

Uくんとは付き合いはしなかったけど、私が高3の時1度、“友達として”二人でご飯を食べに行ったことはあった。

 

私は都内の大学に現役でいけることになり、同じ時に2回目の大学受験をしていたU君のことも当然気になっていたので、3月の終わりごろ電話をして「U君受験どうだった?」と聞いたら「俺また全滅だったから、親と相談してXX大イギリス校*5に行くことにした」と言われて驚いた。本人いわく全然勉強してなかった上、早慶とR大とD大しか受けていなかったらしい。D大をなめていたと言っていた。
私が行った大学は受けていなかったようだが、この流れで言いにくいんだけど、第1志望に合格して行くことになったと告げると「マジで!すげーじゃん!よかったな」と明るい声で言ってくれた。

 

そんなわけで私が大学入学と同時にU君はイギリスの学校に行ってしまったが、連絡先は聞いていた。私は大学3年の1年間をブラジルで過ごしたのだが、留学することが決まった時にUくんに手紙を送って*6留学することになったこと、せっかくのチャンスなのでもしかすると1年後の帰国時に、ヨーロッパ周りで帰ろうかと思っていることを伝えていた。もちろん男子なので手紙のお返事などはなかったが、ちゃんと読んでくれていたようだった。留学が終わる少し前にフライトを確定させた時に、何日の何時ごろヒースロー空港に着く便でイギリスに行って、10日間ぶらぶら一人旅してから日本に帰るつもりだと伝えた。

 

全くあてにしていなかったのだが、私が空港に降り立ち、バゲージを取って外に出ると、びっくり、Uくんが待っててくれていたのである。
「なんだよーちゃんと便名書けよ〜。ブラジルからのフライトっていうのと時間でだいたいどの便かわかったけどさ〜」と文句を言っていた。

 

泣ける。

 

さらに「まだ宿取ってないんだろ?俺の寮、勝手に泊まっても平気だから俺の部屋泊まりなよ。俺は全然平気だから。俺はKがいる間友達の部屋に泊まってもいいし」と言ってくれた。ついでにUくんは高校時代の工藤静香似の彼女とはすでに別れていて、一時帰国中に知り合った一個上の彼女と半年前から遠恋中で、「俺彼女いるから手出さないし、大丈夫」ということだった。
一瞬迷ったが、こちらも親のスネかじっての旅行でできれば必要以上の出費は控えたい。それは受けない手はないと思って甘えさせてもらうことにした。

 

ただ、Uくんが言うには「でもさーすっげーーー悪いんだけど、俺いままであまりにも不真面目だったからこのままだと卒業できないって言われててさ〜。授業休めないから平日は一緒にいられないんだけどごめんな」ということだった。それでも時間に余裕にあるUくんの友達が相手をしてくれたり、結構楽しく過ごせた。

 

そして寝床であるが、結論から言うと私とUくんは毎日同じ部屋で寝た。紳士なUくんは私を床に寝させることは一切なく、私ベッドでUくんが床、あるいは同じベッドで寝ることもあった。

 

でも、けっきょく5日間ぐらい同じ部屋で寝たのだが、本当に本当に何にもなかった。指一本触れてこなかった。

 

ラジオでWESTの淳太くんが「同じ部屋に男女で泊まって何もないとかありえないやろ」と言ってたが、ありえたのである。*7

 

数日経ったところで、Uくんの学校のあたりは地方都市で見るところも少ないし、Uくんの寮の友達がポルトガルに行ったことがあるけどすっごい良かったよ、と教えてくれたので、行くことにした。ポルトガルは私の日本の大学の友達も留学中だし、チケットも思ったより安かったし、なにしろポルトガル語専攻だったのでとても興味があった。ただし日本に戻るチケットはイギリス発だったので、戻ってまた一泊だけさせてもらってから帰ると告げてポルトガルに行った。

 

ポルトガルでも大学の友達に会えたり、全く一人でぶらぶらしたり、すごくいい経験だったのだが、ある日ポルトガルのアヴェイロという小さな街の安い宿で一人で寝ようとした時に、Uくんのことを思ってなんだか泣けてきた。

 

私はなんだかんだまだUくんのことが好きで仕方ないのだと。

 

高2の時にUくんの学校の文化祭で実質上ふられてから、何人かと付き合っては別れということをし、母親には「すぐに別れるのはあなたの我慢が足りないんじゃ?」と言われていたが、そうではなくて、結局どっかでUくんと比べていてUくん以上に好きになれないからだと。

 

なんなら、手を出してくれて、グダグダなややこしい関係になった方が、Uくんのことを諦められていいのにと思ったら悲しくなって一晩泣いた。

 

このヨーロッパひとり旅の時が実質的に2回目に失恋したときだった。

 

イギリスに一泊だけ戻って、その時は私も平静を取り戻し、Uくんの寮の友達も交えて楽しく夜を過ごしてもちろんその日もUくんは指一本私に触れることなく終わり、私は日本に戻った。

 

☆☆☆

 

そのあと私は帰国して2回目の3年生をやっていたのだが、就職活動だなんだで忙しくしていた。Uくんも頑張ってイギリスの学校を卒業し、帰ってきて日本の会社に就職が決まり、連絡をくれたのだが、連絡をくれた時の内容がこれまた衝撃的であった。

 

あの時の遠恋してた彼女が妊娠してさ、結婚することになったんだ、ということであった。

 

当時、Uくんはまだ23か24歳だったはず。おそらく戸惑いもあったと思うのだが、私に連絡をくれた時はすでに喜びに変わっていて、前向きで嬉しそうだった。社会人になったばっかりだけど、頑張らないとなーと言っていた。

 

私が本当の本当にUくんを卒業できたと思ったのはこの時だった気がする。

 

☆☆☆


私はそのあと、OB訪問で知り合った大学の先輩としばらく付き合ったが、うまくいかず、そのあと今の夫と知り合い結婚することになった。

 

私が社会人に、Uくんがパパになったあと、私が現ダンナと婚約していた時期だったと思うが、Uくんと現状報告し合おうということになり、現ダンナに「全く心配する必要のない相手でなんならあなたに紹介しても全然オッケーな男友達だから」と言ってUくんと二人で飲みに行ったことがある。

 

その時にお酒の勢いもあってかUくんに「今そういう気持ちがないからこそ言えるんだけど、分かってたと思うけど、絶対分かってたと思うけど、Uくんのことすっごい好きだったよ〜」と言った。

 

そうしたら「うん、分かってたよ。ありがとな」と、にっこりほほ笑んでくれた。一番最初に新宿の居酒屋で「ん?なに?」と言ったときと同じ顔で。


そのあと、イギリスで案内してくれたUくんの友達に私の大学の友人の結婚式でばったり会って、Uくんに電話して「イギリスの学校のときの友達さんに会ったよ〜」ってちょっと喋った。私は上の子妊娠中で、Uくんは「Kの子、絶対可愛いだろうなー!」と言っていた。

 

それ以来連絡は取っていなくて、私もアメリカ・大阪と転居を繰り返して、いまUくんの居場所も知らないし知りたいとも思わない。

 

キレイな思い出として今こうやって思い出せるのは、イギリスで何にもなかったからなんだろうなと思う。そう考えると、あくまでも紳士だったUくんには感謝だ。

 

 

三つ子の魂なんちゃらというけれど、私が大倉くんのビジュアルファンなのは、ちょっとUくんを彷彿とさせるところがあるからなのか、もともとあのタイプが好きだからUくんのことを好きになり、そして大倉くんファンになったのか、自分でもわからない。多分後者かな。

 

全くオチのない話だけど、ふと思い出したので、書いてみた。

 

ここまで読んでくれた優しい方、ありがとうございます。

*1:開成・麻布・武蔵

*2:未成年じゃん、とかそういうのは時効ってことで…。

*3:インターネットとかラインとかない時代。

*4:正確には、U君は私のことをずっと苗字呼び捨てで呼んでいたので、Kではなかった。

*5:今は廃校になってしまったが、当時日本の学校法人でヨーロッパでの学校経営に乗り出している学校が幾つかあった。

*6:この時もまだインターネットが一般にそれほど普及してなかった。

*7:ただ、Uくんのことが特殊なだけであって、私も基本的には淳太くんの意見に賛成である。